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kimkim BLOG


OCCELLIの仕事場

投稿者: kimkim, カテゴリー: デルタ

さてさて、冬はデルタに乗る機会もほとんどないので、このようなネタばかりですね。冬の高速道路とかって融雪剤がすごくて、とくに今週のように雨が降ったときは最悪ですわ。水に溶けた剤がボディーの隅々まで浸透してしまうのであります。さすがに13年選手のイタ車には厳しいので乗りません。まぁ、あえてデルタに乗る必要もないですし・・・。
さて、まずはOSSELLIってなんて読むんだ?という素朴な疑問。オセッリが正しいらしい。オリオールのコ・ドライバーを勤めた女房役である。コ・ドライバーの給料は、ドライバーであるオリオールの給料から支払われていたらしいので、89年から92年までは彼にとっても黄金時代だったかもしれない・・・いくら貰っていたかは知らないですけどね。そんな彼の仕事場であります。
しかし、カーボンのフロア材がなんともいい感じです。こういうのを市販車のカーペットの上にも置けるやつで発売されるとありがたいですな。ラリコン下の物入れはワシも真似をさせてもらいました。もっと大きいサイズですがね。

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ワークスデルタから学ぶこと(3)

投稿者: kimkim, カテゴリー: デルタ

ワークスデルタに学ぶこと第3弾はエンジンルームの中でも特徴的な大型インタークーラーを装着し、後方へオフセットするにあたって必要になるレアな変更写真です。まぁ、知っている方も多いと思いますが・・・
上の写真は我がデルタのもので、下の写真がオリオールが92年にモンテカルロで走ったワークスデルタのものです。ノーマルICでも同じようなことをしようとトライされた方もいますが、結局はクラッチマスターシリンダーが邪魔になって断念せざるをえないことになります。
2枚の写真を見比べていただければ一目瞭然ですが、作動させているアームの向きが反対です。(黄色の点線部分)クラッチマスター本体の形状も小型化されていますかね? 市販車ですと、このアームの部分がインタークーラーに干渉してしまうわけです。たぶん、加工すれば同じことができるはずですので、チャレンジしてみたい方は参考にしてください。
あ・・・もちろんアッパー&ロワーホースはワンオフで作成しないとダメですよ。

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ワークスデルタから学ぶこと(2)

投稿者: kimkim, カテゴリー: デルタ

前回はインナーフェンダーについて書きましたが、今回はリアセクションの部分についてです。写真のとおり、ワークスデルタのサスペンションアーム類は市販車と比べ物にならないくらい太いのですが、中でも市販車には装着されていないアームがあります。(矢印)エキゾーストパイプもストレートで、明らかに抜けがよさそうですよね~
ガソリンタンクをトランク内に設置したからこそできることなので、市販車では不可能です。ちなみにOMPからパーツとして販売していました(過去形なのは現在は確認できないため)
いずれはガソリンタンクを安全タンクにして・・・などと目論んでいたワシも購入をしたのですが、未だタンクの移設はできていません。
転がしておくのももったいないので、SPARCOのタワーバーと組み合わせてリアの補強バーとしています。スパルコのタワーバーって貧弱で、ハードな走りをするとストラットアッパーのところの取り付け板がせりあがってきちゃうんですよ!知ってました? ほとんど役立たずです(^ ^; 
まぁ、それほど歪んでしまうデルタのリア周りですから、こんなことをするとフロアをぶち抜いてしまうんじゃないかということで、補強板をかませています。サイズもぴったりなので偶然できたことですが・・・。本当はこの部分を全部板で塞いでしまいたいのですがね。

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イタリアの思い出

投稿者: kimkim, カテゴリー: 車ネタ

11年前のイタリア旅行の宿泊先から持ち帰ったバスグッズ。ローマ・フィレンツェ・アッシジ・ミラノ・ベニス。すでに怪しい化学変化を起こしているものもあります。(^ ^; 写真中央にあるコインはリラです。懐かしいですな。すさまじい量の札束を握り締めて買い物をしていた記憶がよみがえります。
さて、お次は京都にお住まいのデルタ乗りさんが新婚旅行へ行ったときにお願いして持ち帰っていただいたコルソマルケ37番地の石ころであります。我が家の家宝となっておりまして、久しぶりに手にとって眺めました。箱も自作してくださったんですよね。感謝してます。
ああ、イタリアへ行きたいなぁ、、、。

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表紙顔

投稿者: kimkim, カテゴリー: デルタ

以前書いたとおり、やっぱりワークスデルタのフロントバンパーはちょこっと膨らませてあった、、、。その証拠写真を発見です。ちなみに市販のデルタでもバンパー取り付けボルトにスペーサーを使えば同じことができそうですぞ。
アイラブインテグラーレの表紙顔に近づけてみたいと思ったら明日のお休みにやってみてください。お約束ですが「やってみたらバンパー割れちゃったよ!どうしてくれる・・・(怒)」みたいな苦情は一切受け付けられませんしお相手できませんので、あしからず。
■追記
さっそくバンパーを外して試みましたが、バンパーばかりがはみ出してカッコ悪いです。ワークスデルタはフェンダーも叩いて膨らませていると思われます。

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さーて!

投稿者: kimkim, カテゴリー: デルタ

昨日とは一転して寒い一日でした。今日はガレージで4月から始まるデルタの走行準備を少しばかり・・・。ぼちぼち1ヶ月くらい動かしていないので、始動に苦労するかと思いきや、あっさり目覚めたので拍子抜けです。
まぁ、寒さにはワシよりもシビアなところがあるので、寒い寒いといえども暖かくなってきている証拠でしょう。
こんなことをブログで書いていいのかどうかなんですが、今日はあちこちのサーキットでも厳しくなっている騒音規制の対策ということで、サイレンサーを自作しておりました。手を傷だらけにした甲斐もあり、完成には至りませんでしたがなんとかなりそうです。
さて、メールでご質問をいただくことが多いライトポッドについてですが、もちろん点灯します。1個90Wのスポットですからスイッチを入れると電圧計が大変なことになりますけどね。いちおうオルタネーターを容量増ししてあるので走行していれば支障はありません。点灯するとメチャクチャ熱を持つので、そちらのほうが心配です。公道ではもちろん点けたりしません。念のため・・・

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1994年といえば・・・

投稿者: kimkim, カテゴリー: 車ネタ

先日DTMの話を書いていたら、1994年のBTCCのことを思い出した。
いま思えばボルボさんは面白いことをしてくれた時代だったですね。1994年のBTCC(イギリスツーリングカー選手権)に850エステートレーシングで参戦してました。まぁ、成績は振るわずでしたがね。数年前にスウェーデンへ行ったときに、ボルボミュージアムで撮影した写真であります。フライングブリック(空飛ぶレンガ)はインターテックで登場した240ターボに付けられた呼称だったけど、この850エステートもそう呼ばれていましたよね? たぶん後ろにちょこっと写っているのが240ターボです。
ボルボの話しついでに、当日ミュージアムを案内してくれた爺様が話してくれたんだが、VOLVOというのはもともとベアリングメーカーであるSKFの商品名だったそうだ。意味は「転がり続ける」みたいなもんだ。英国の有名なロックグループ、ローリングストーンズの名前の由来と同じですな。まぁ、このへんは後で調べて知ったのだが、SKFがVOLVOの自動車製造に深く関与していた歴史を知れば不思議な話ではない。今はフォードだけど・・・。ワシのデルタにもSKFのスポンサーロゴが貼ってあるけど、本当はボルボに貼るとちょびっとエンスーっぽいかな(^ ^;
その爺様が話していた面白いネタがもうひとつ。昔のボルボのエンブレムは写真のような丸いやつがグリルに止められていたらしいのだが、あまりにも振動でポロポロ落ちてしまうので、今のようなグリルの上下を繋ぐような形になったそうだ。そう言われてみれば、ワシらがサーキットで灯火類に施したマスキングテープみたいで妙に納得できる。(^ ^; 写真は1965年ケニアラリーで優勝したPV544である。なんとも味のある形ですよね、、、。

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1994年 横浜輸入車ショーにて

投稿者: kimkim, カテゴリー: 車ネタ

いやはや、今日は会議が長かった。
先日はアルファロメオ関連からDTMの話が少しだけ出たが、1994年の横浜輸入車ショー初日の出来事を思い出した。毎度のことながらDTMの話まで長くなりますがご了承ください。はじめに書いておきますが、赤いブレザーはワシのセンスではないです(^ ^; 以後、読んでいただければ、わかる方にはわかりますが・・・。
当時住んでいたマンションは、玄関を開けると首都高速4号線が目の前を通っている都会的?なところだった。その日はいつもと違う雰囲気で目が覚めた。普段なら騒々しい通勤ラッシュの騒音が聞こえないのである。朝から静かな都会は不気味であった。
玄関に向かいかけて嫌な予感がした。「玄関を開けるとそこは雪国だった」と、川端康成っぽく風流な気分に浸っている場合ではない。 今日は横浜輸入車ショーで仕事なのだから・・・。あたり一面真っ白である。
入社3年目のワシは焦った。前日に仕上がった大切な展示車両の諸元表を持っていかなければならないからだ。それも紙っぺらではなく、電車では運べないくらいのショー会場で組み立てる大きな物体だ。9時集合だったので、たぶん起きたのは7時ごろ。普通ならシャワーでも浴びて環八をデルタでビュイーンと楽勝で間に合う時間だが、雪ともなれば勝手が違う。ましてや都内には久しぶりの大雪であった・・・。前日に天気予報を見なかったのか、はたまた予報と外れていたのかについてはもはや記憶が定かではない。
交通情報を聞くまもなく慌てて支度をして、デルタの待つ駐車場へ向かった。すでに荷物は後部席を倒したデルタに収められていたが、タイヤがノーマルなのである。それでも道路はかろうじて黒い。なんとかなるだろうと若気の至りからか、はたまた遅刻して先輩たちに怒られるのが怖かったのか、暖機運転もそこそこにノーマルタイヤでデルタを走らせて、東名高速東京インターまでは順調だったけど、その先が大渋滞。第3京浜にたどり着くころには道路も真っ白。しかも港北ICから先は通行止めであった。んで、ワシの頭も真っ白。
少しでも時間を稼ぎたかったのでとりあえず第3京浜に載ったのはいいが、ポルシェは横になってるし、あちこちに車は乗り捨ててあるという大変な事態になっていた。港北ICで降りると、さらに悲惨な状況だった。緊張はクライマックスだ!
「パシフィコまで無事にたどり着けるのだろうか・・・」そんな不安もあったが、ここまできたら走るしかない。そんなこんなでノーマルタイヤのメルセデスがズルズルと落ちて来る新横浜の陸橋を、4駆の強みを見せつけつつクリアーし、東神奈川を抜けてなんとかパシフィコ横浜にたどり着いたのは11時だった。会場に入ると来場者はほとんどいない。こんな雪の日に当たり前だろう。さっさと諸元表を組み立て、来場者のほとんど居ない会場を探索した。

さて、長い長い前置きだったが、この写真はそのときのワンショットである。1992年のDTMでKlaus Ludwig(クラウス・ルドウィック)が宿敵ワークスBMWやAUDIを抑え、チャンピオンになった記念すべき車だ。1994年当時はシュナイダーやラリーニのほうが有名だったが・・・。
この会社に籍を置き、関西に住むジャイアンツファンのようなものだったが、デルタをWRC6連覇に導いたアバルトワークスから多くの技術者が移籍していたアルファコルセ155 V6 TIのファンだった。 しかし、この車のオーラには勝てるはずもなく、六本木のクラブのソファーに座り込むかのごとく乗り込んだ。今でこそオートバックスでも売っていて、我がデルタにも装着されているが、当時はステアリングを外してから乗り込むクイックリリースの儀式にさえ感動していた。 写真のワシはこれから行うであろうデルタの室内モディファイをどのようにするか、この車から学び取ろうとセンターパネルを目に焼き付けているのだと思う。 結局、この日はたいした来場者もなく、充実した試乗会のようであった。 ちなみに、ショー会場にデルタが置かれているのを見たのはこれが最後であった。もちろん、カタログを貰いましたよ~

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ENZOがぁ~!

投稿者: kimkim, カテゴリー: 車ネタ


昨日だか一昨日だろうか・・・カリフォルニアでENZOが大クラッシュした模様です。ああああ・・・もったいない。

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もしものお話

投稿者: kimkim, カテゴリー: デルタ

VW-R32である。今月の25日に発売だそうだ。詳しいニュースはホビダスさんのほうで読んでください。しかし、センター出しデュアルマフラーがカッコイイ!
デルタ納車の日シリーズでも書いたが、デルタを購入する前に検討していたのはVW-GTIだった。もしもデルタが今でも生産されていたら、ワシは迷わずにデルタを購入していただろうか?・・・そんなことが一瞬頭をよぎる。
ワシはデルタの去り際の美が好きなんだと思う。まぁ、EVOII・ジアラ・コレッチと3回も騙されたことはこの際だから水に流すとして、今後もデルタがWRCで活躍し、モデルチェンジがなされていたら・・・。このページも存在しなかっただろうし、今はどんな車に乗っているのか想像もつかない。
「去り際」とはだいぶ美化しているが、悪く言えば日本車勢に敵わなくなったと勝ち逃げである。まぁいずれにしてもモデルとしてのδは存在したが、ワシの中でデルタの存在はこの形で終わっていた。(δのオーナーさんごめんなさい)95年で生産が終わり、オーナーとしての本心は「次のモデルが出ないでくれ!」だった。WRCから撤退したのだから、ホモロゲーションモデルが発売されることは皆無に等しかったが、それでも本心はそんな感じだった。これほど情熱を注げる車に「あそこが違う!ここがすばらしい!」といったような、新型モデルと比較するようなことをしたくなかった。
ちなみに想像で物事を書いてしまうが、HFターボ・HF4WDのオーナーさんは「デルタ伝説創設の車」として、8Vと16Vのオーナーさんは「デルタが最も強かった時代のデルタ」という強い意志を持っておられる方が多いかな? ちなみにワシはEVOIオーナーだから「WRC最後のデルタ」という遠い昔の思い出に浸っている。EVOIIに関しては全部のいいとこどりをしていて、こ憎たらしいので書かない(爆)
半分冗談みたいな話だが、それぞれのモデルのオーナーは絶妙な関係で「デルタ」というひとくくりの枠で仲良くやっている。レースなんかをしていて、EVOより16Vのほうが速かったりすると心の底から凄い!と喜べる。HF4WDが登場すると敬意を表したくなる。そんな心境だ。
さて、そんなワシでも一度だけ心が揺れた車があった。アルファロメオ155TIZである。本家サイトの主役がこいつに替わっていた可能性のある車である。ザガートのボディーを持つこのアルファロメオを、葉山にあったディーラーまで嫁と観にいったのである。もちろん、べらぼうに高かった価格に断念したことは言うまでもないが、ちょっとデルタの生産中止が伸びていればわからなかったと思う。DTMを走る155はカッコよかったからなぁ~
まぁ、そうなる前にジアラかコレッチを買っていたと思いますけどね。

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